HSP人生どん底30才独身女が子犬を迎えてみた結果。。

HSP、鬱病、引きこもりの人生に突然真っ白な子犬が現れたら。

ぶっちゃけプレゼントはいらないから空飛ぶソリに乗せて欲しかった。

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サンタの夜

10歳になるまで、狭い市営団地に家族4人で住んでいた。

 

自分が子供の頃、冬はもっと寒かった気がするし、もっと雪が降っていた気がする。

団地の二階に届くんじゃないかってくらいにつもって、大きな雪の滑り台を作って妹と遊んだ記憶が蘇る。

 

クリスマスが近づくとソワソワする。

 

12月の中旬くらいになってくると、私は毎年サンタクロースに手紙を書き始めるってのが毎年恒例だった。

サンタクロースから、今までたくさんのものをもらった。

セーラームーンのおもちゃだとか、ルナピーのロボット?だとか、思い出してもキリがないくらい心が高揚する。

クリスマスの朝のあの感覚を昨日のことのように思い出すことができる。

 

毎年クリスマスイブは父も母も早く帰ってきて、リビングの小さな簡易テーブルにターキーとケーキ、シャンメリーが窮屈そうに並んで、その日は夜更かしが許されて、父がレコードをかけてカードゲームで遊んでくれた。

 

しょうっちゅう喧嘩していた妹とも、クリスマスは仲良くできる。

 

美味しいイブの夕食を堪能して、少し夜更かししてから眠りにつき

朝起きれば枕元にプレゼントが置いてある。

そのあとは冬休みになって、大晦日がきて、お蕎麦を食べて、新年がきたら家族全員でお参りに行って、お年玉もらって、初売りに行って。

 

12月の後半の忙しそうな街や、ケーキの上にかかっている砂糖みたいな雪、

全部の予定が大好きだった。

 

その気持ちは少し恐怖にも似ていた。 子供の頃から漠然と

「幸せすぎて怖い」ってゆう感覚があった。

 

楽しみすぎて、幸せすぎて、その日がやがてやってきて、過ぎ去っていくのが悲しくて仕方なかった。 

 

だから幸せな記憶と一緒に、そんな悲しみがこみ上げてイブの夜ベットの中でいつも泣いていた思い出もセットで思い出せる。

 

ある年、私はまた毎年恒例のサンタクロースへの手紙を書く時期になって、

こんな事を思い立った。今年のプレゼントは父の欲しがっていたものを貰って父を喜ばせよう。  私はクリスマスが近づいた夜、夕食の時両親にこう言った。

「今年は欲しいものもないし、パパが欲しがってるゴルフのクラブをサンタさんに貰う事にする!」

 

私は、父は絶対に喜んでくれるものだと思ってそう言った。

けれど父は少し眉を下げて、

「パパはいいよ。自分の欲しいものを考えておきなさい」と言った。

 

少しだけはねつけられたような気がして胸がちくりとした。

 

私はその夜自分の欲しいものを考えた。絵具セット、、図鑑、、おもちゃ、、。

うーん。全部持ってる。

 

あ!!

 

私はおもむろにペンを走らせて手紙を書いていく。

 

「ことしのプレゼントはいらないから、いっしょにソリにのせてください。プレゼントをくばるのてつだいます。」

 

横に小さなサンタクロースの似顔絵なんかも添えて、私は満足した。

サンタクロースは私にとってなんでも願いを叶えてくれる人だった。

だからきっと私が知らないこともなんでも知ってるはずだ。

空飛ぶソリに乗せてくれるならなんだってする。世界中の子供たちにプレゼントをくばる大仕事を手伝う気満々で色々想像した。

 

そして大仕事を終えた帰り、満点の星空を空飛ぶソリから眺めながらサンタクロースに一つだけ質問をしようと考えた。

 

「どうして人は死んでしまうの?」

 

涙が出るほど幸せな日々はどうして終わってしまうのか。

なぜ父や母はやがて年老いていつか死んでしまうのか。

おばあちゃんも。妹も。 みんな。

 

毎年幸せすぎてベットで泣いている理由はそれで、それについてサンタクロースに答えて欲しかった。

 

そんな思いを込めて一生懸命書いた手紙を いよいよ訪れたイブの夜に玄関の赤い靴下の中に入れた。

 

サンタクロースがきたらすぐに寒空に飛び出せるようにダウンコートやマフラーを枕元において寝癖がつかないようにしっかり髪の毛を乾かしてからベッドに入った。

 

何度も遠くから鈴の音が聞こえてきたような気がしたが全て空耳で、睡魔と戦い疲れた結果まんまと負けてぐっすり眠ってしまった。

 

気づけばもうクリスマスの朝。

 

私は目が覚めて朝の光を確認するや否や、何が起こってるのか全くわからなかった。

 

「。。サンタクロースが願いを叶えてくれなかった。。」

 

眠い頭が少しずつ現実を受け入れ始める。

 

二段ベットの下で寝ていた妹は枕元のプレゼントを大喜びで開け始めている。

 

私の枕元にはプレゼントすらない。

 

サンタクロースは私の願いを叶えてくれなかったし、プレゼントはお願いしてないからもらえなかった。。

 

当時の私のショックは今でも思い出すと胸が苦しくなるほどだ。笑

 

1人で呆然としながら今にも泣き出しそうに打ちひしがれていると、母がニヤニヤしながらベット脇にきた。

目に涙をいっぱいにためた私の顔を見て少し笑うと、

「リビングのツリーの下を見てみたら」 と言った。

 

私は一目散に飛び降りてリビングに走った。

 

開いたカーテンからクリスマスの朝のキラキラした光が目が眩むほど飛び込んできた。

細めた目を開けると、ツリーの横に真っ赤な自転車が置いてあった。

 

まるでサンタクロースが生まれ変わったような鮮やかな赤色だったのを覚えている。

 

その自転車に靴下がかかっていて、その中にサンタクロースから手紙の返事が入っていた。

緊張しながら手紙を開くと、まあるい字でこのようなことが書かれていた。

 

「ソリにのせてあげられなくてごめんね。そういうきまりなんだ。かわりにこのじてんしゃをあげるよ。きみはこれからいろんなばしょにいって、いろんなものをみるんだよ。たくさんぼうけんをするんだ。じぶんのちからでね。」

 

 

 

 

 

正直当時の私は、「なーんだソリにのせてくれなかったのか。まぁ、自転車嬉しいし。いっか。空飛んでみたかったなぁ。」くらいだったんだけど。

 

そんなある年のクリスマスの出来事が一番色濃く胸に残っている。

 

私はきっと少なからずその時感じた気持ちの影響を受けていて、大人になった今でも人生のテーマは冒険だったり自由だったりする。

世界中の知らない国や街へ、じぶんの足で訪れて、今までもたくさんの景色をもらった。

 

今年も、クリスマスが近づいてこの日のことを思い出している。

 

まだまだ旅がしたいし、好きなことがしたい。 そしてそんな未来をじぶんの力で叶えていくんだってまた新たに思ったりしている。

 

30才。 もうサンタクロースはこない。 生きていく上での疑問は、誰かが簡単に答えを教えてくれるものでもない。

 

けれどそこにたどり着くための方法や手段は自分が求めさえすれば手にすることができる。

 

あの日真っ赤な自転車を手に入れた幼い頃の私へ、親愛を込めて。

 

 

今夜も読んでくれてありがとう! 

頑張り屋のあなたへ、小さなクリスマスを!